薬物療法とは
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心の病気の治療の主体は「薬物療法」です。精神病の治療に用いられる医薬には、大きくは「抗精神病効果」と「鎮静効果」の二つを目標とするものがあります。
抗精神病効果というのは、「抗幻覚妄想効果」と「抗自閉効果」に分けられ、「抗幻覚妄想薬」などが用いられます。精神疾患の中で統合失調症(精神分裂病)や覚醒剤中毒などに現われるような「幻覚」や「妄想」症状を改善するのが目標です。
鎮静効果というのは、主として急性期の「精神運動興奮」「攻撃性」「衝動性」を抑制する作用です。興奮状態を抑制するためには「鎮静薬」が使われます。
「抗幻覚妄想薬」と「鎮静薬」とを総称して抗精神病薬と呼んでいます。
心の病気の治療に使用される医薬には、「抗うつ薬」「抗そう薬」「抗不安薬」「睡眠薬」「気分安定剤」「催眠鎮静薬」「抗てんかん薬」「精神刺激薬」など多くの種類があります。
更に、心の病気の症状によっては、脳の血流を増やしたり、代謝を促進する目的で「脳代謝賦活薬」が用いられることもあります。一部漢方薬が使われることもあります。
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抗うつ薬
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「抗うつ薬」は、うつ病に見られる気分の落ち込みや意欲の低下を改善するために用いられます。
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抗そう薬
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「抗そう薬」は、統合失調症などによる気分の高揚のし過ぎを抑制するために用いられます。
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抗不安薬
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極度の不安や緊張を緩和するために用いられるのが「抗不安薬」です。一般に抗不安薬は「精神安定剤」の中で最も作用がおだやかな精神疾患の治療薬です。この薬は、精神科だけでなく、ごく普通の内科や外科、産婦人科などにも常備されている安心できる普通の薬です。
抗不安薬には心の不安や緊張を緩和するという主作用があります。抗不安薬は、服用後30分~60分で最大血中濃度に達し、その後は徐々に薄らいでゆくので、薬の効果も同様な経過を辿ります。通常、1日に3回程度の服用が必要となります。
抗不安薬を服用すると、不安や緊張がやわらぎ、眠気をまねくようになります。薬があまり効きすぎると極端に眠くなったり、身体がふらつくこともあり、場合によってはこれは副作用といえないこともありません。
多くの抗不安薬は「ベンゾジアゼピン系」と呼ばれるもので、これがベンゾジアゼピン受容体と結合すると、ノルアドレナリン系やセロトニン系の神経の機能を抑制するように作用し、これにより不安や緊張をやわらげます。作用するしくみは睡眠薬の場合と同様です。以下の表にいくつかのベンゾジアゼピン系抗不安薬を示します。
抗不安の作用の強さ
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一般名
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商品名
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作用の弱い薬
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オキサゾラム |
セレナール |
クロチアゼバム |
リーゼ |
トフィソパム |
グランダ |
フルタゾラム |
コレミナール |
メダゼパム |
レスミット |
作用が中程度の薬
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アルプラゾラム |
コンスタン |
プラゼパム |
セダプラン |
クロルジアゼポキシド |
コントロール |
バランス |
ジアゼパム |
セルシン |
作用が強い薬
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エチゾラム(エキゾラム) |
デパス |
クロキサゾラム |
セパリン |
フルトプラゼパム |
レスタス |
ブロマゼパム |
レキソタン |
ロラゼパム |
ワイパックス |
抗不安薬は、心理的な不安や苦痛が激しい〔パニック障害〕や〔全般性不安障害〕などの不安障害の治療に多く用いられます。また、何かの病気が気がかりとか、手術を前にした患者などが緊張して眠れないなどのとき、不安を取り除くためにも使用されます。一般に抗不安薬には睡眠薬同様の催眠効果があるので、不眠に悩む人も睡眠薬で眠るより抗不安薬で眠る方がよいといわれます。
抗不安薬は、脳に作用して不安そのものを抑制しますが、不安の原因を除去するわけではないので、薬を止めれば、また不安はぶり返す可能性があります。
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睡眠薬
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心の病気の中で最もよくあり、厄介なもののひとつが睡眠障害です。特に、特別な理由もないのに良く眠れないという不眠症の方の苦痛は筆舌に尽くしがたいものがあります。このような眠れない人のための薬が睡眠薬です。
後で述べるように一般に睡眠薬は、脳の中で思考や感情、記憶などの情報を伝達するための各種の神経伝達物質に作用して、脳の働き方を制御する医薬です。
そのため、効果がある反面、使い方によっては複雑な副作用が現れたり、習慣性があったり、使い続けると徐々に効果が薄れていく耐性が現れたりします。睡眠薬には、このような特性があることをよく理解した上で注意深く使用しなくてはいけません。
初期の頃の睡眠薬には、大きな副作用があったのですが、最近はベンゾジアゼピン系の睡眠薬が開発されて、非常に副作用が軽減されるようになり、不眠症に悩む方への大きな福音となっています。
神経伝達物質
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人間の脳の中には次に占めすような神経伝達物質が存在して、人間の思考作用や感情作用、記憶作用などを担っています。
・GABA(ギャバ):γアミノ酪酸
・ドーパミン
・セロトニン
・ノルアドレナリン
・アセチルコリン
・グルタミン酸
これらの脳内に存在する神経伝達物質の量が何かの原因で過剰になったり、不足したりすると、脳の機能にその伝達物質特有の障害が現れるようになります。これが心・精神の病気の直接的な原因となるのです。
これらの物質量が過不足することで、心の作用に次のような変化がもたらされます。
GABA (ギャバ)
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この物質には、不安やいらいらを取り去り、睡眠を誘い、てんかんの発作を抑制する作用があります。
GABAの作用が悪くなったり、不足すると不安や不眠、てんかんの発作が起こります。
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ドーパミン
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適量のドーパミンが存在すると、人は爽快な気分で活発に生きることができます。
しかし、ドーパミンの作用が強すぎると情緒不安定となり幻覚を見たり、妄想を抱くようになります。また、作用が弱まるとパーキンソン症状を呈することがあります。
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セロトニン
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セロトニンは、精神を安定させる作用を持つ物質で、身体のさまざまな機能に関与します。
セロトニンが不足すると精神機能が低下し、うつ病やパニック発作、摂食障害などの原因となります。感情の制御がうまくできなくなり攻撃的になります。
セロトニンが過剰になると、自律神経の異常や脳認識機能の異常など、セロトニン症候群と呼ばれる一連の症状を招きます。セロトニン症候群の症状は軽度のものから、頭痛、めまい、嘔吐、昏睡などが起こり、死亡することもあります。
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ノルアドレナリン
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ノルアドレナリンはストレス・ホルモンのひとつで、ストレスを受けると放出される「怒りのホルモン」とも呼ばれる物質で、意欲、不安、恐怖などに関係する脳内物質です。
ノルアドレナリンが不足すると、無気力、無関心、意欲低下を引き起こし、うつ病の原因となります。また、過剰になると、躁状態となり、動悸がして血圧が上昇します。
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睡眠薬が効くしくみ
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睡眠薬をはじめ、心の病気の治療に用いられる精神安定剤などは、上記のような脳内での神経伝達物質の存在量などに影響を与える物質です。
最近、使用される睡眠薬の多くは、「ベンゾジアゼピン系」の睡眠薬で、脳内でベンゾジアゼピン受容体に結合することで睡眠を誘います。
睡眠薬がベンゾジアゼピン受容体に結合すると、GABA受容体を活性化させ、ノルアドレナリンやドーパミン、セロトニンなどの神経伝達物質の機能を抑制し、これにより睡眠を誘うのです。
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ベンゾジアゼピン系睡眠薬
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ベンゾジアゼピン系睡眠薬は非常に多くのものがありますが、その一例を示します。
睡眠薬には、非常に短時間で効果のでる「超短時間型」や「短時間型」「中時間型」、更に非常に長い時間効果の持続する「長時間型」などの種類があります。
作用時間
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一般名
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商品名
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超短時間型
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トリアゾラム |
ハルシオン |
短時間型
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塩酸リルマザホン |
リスミー |
ロルメタゼパム |
ロラメット |
プロチゾラム |
レンドルミン |
エチゾラム |
デパス |
中時間型
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フルニトラゼパム |
サイレース |
ニメタゼパム |
エリミン |
エスタゾラム |
ユーロシン |
ニトラゼパム |
ネルポン |
長時間型
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ハロキサゾラム |
ソメリン |
フルラゼパム |
インスミン |
塩酸フルラゼパム |
ベノジール |
クアゼパム |
ドラール |
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睡眠薬の副作用
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最近、多く使用されるベンゾジアゾピン系睡眠薬は、比較的安全な安心して使える医薬であり、それほど激しい副作用はありません。
通常、睡眠薬は服用後30~60分くらいで血中濃度が最高となり、その後は徐々に濃度が減少してゆきます。このため、超短時間型・短時間型・中時間型の睡眠薬を症状にあわせて使い分けて眠りにつくと爽快な気分で目が覚めることが期待されます。
しかし、体重の少ない女性などでは、1錠をそのまま服用すると、睡眠薬が効きすぎることがあります。睡眠薬を半分に割って服用するなどの工夫や注意が必要かもしれません。
比較的に短時間型の睡眠薬による副作用には、翌日まで残る眠気、翌日のふらつき、および一時的な物忘れ(健忘)がでることがあります。短時間型の睡眠薬を服用すると直ぐに効果がでて眠りにつけますが、何かの都合でわずかな時間後に起こされると、身体は起きても脳はまだ眠っている状態になってしまい、一時的な健忘症状がでてしまいます。
また、長時間型の睡眠薬では、非常に長時間にわたって睡眠薬の効果が持続するため、目覚めた時点でもまだ血中濃度が高く「持ち越し効果」による副作用がでる場合があります。特に、高齢者の場合にはこれが顕著になることがあります。長時間型の睡眠薬の副作用は、効果が長時間続くために、翌日まで残る眠気やふらつきなどです。
睡眠薬に限らずどのような医薬でも同じですが、睡眠薬にも「習慣性」の副作用が伴います。習慣性の副作用は、「身体依存性」および「精神依存性」の二つのパターンで現れます。
身体依存性の副作用は毎日連用していた睡眠薬を突然中止すると、禁断症状が出てどうしても眠れなくなる状態をいいます。また、精神依存性というのは、薬なしでは眠れないと心が思い込んでしまうために、薬を服用しない限り眠ることができない状態をいいます。
副作用のもうひとつの問題点として「耐性」があります。これは同じ睡眠薬を何年も持続的に使用していると、だんだん効果が薄れてしまい、同量では効かなくなる現象です。睡眠薬の種類を変更するなどで改善することも期待されますが、耐性からの脱出はなかなか難しい問題です。
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睡眠薬と飲み合わせ
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アルコールの飲用と睡眠薬の同時服用には、問題が生じることがあります。基本的に適量のアルコールには、睡眠薬と同様な催眠作用があるので、アルコールと睡眠薬を同時に服用すると、効き過ぎて、次の日に起床したとき、眠気やふらつきが残ることがあります。
また、アルコールの量によっては、それが多すぎても、少なすぎても、睡眠薬を服用してもまったく効果がなく、どうしても眠れないなどの症状がでることがあるので、原則的に、アルコールと睡眠薬とを同時には飲まないのが最善の方策です。
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催眠鎮静薬
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心の病気にともなう不眠の治療に用いられるのが、「催眠鎮静薬(睡眠薬)」です。以前には、「ハルビツール酸系」の医薬が広く使用されましたが、最近では、より安全な「ベンゾジアゼピン系」が主流となっています。
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気分安定剤
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気分安定剤は、躁うつ病治療に重要な役割を果たす治療薬で、基本的に気分の変動幅が大きく振れないようにする作用があります。主な気分安定剤の成分は「炭酸リチウム」です。
気分安定剤は、効果が出るまでに1~2週間必要ですが、適量を服用すれば確実な効果が期待される医薬です。しかし、量が少なすぎると効果が現れず、多すぎると中毒を起こす可能性があるため、定期的にリチウムの血中濃度を測ることが必要となります。
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抗てんかん薬
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「てんかん」の治療に用いるのが「抗てんかん薬」ですが、現在使用される抗てんかん薬には十数種類があります。抗てんかん薬は、患者の年齢や発作型、脳波などに応じて選定されます。
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精神刺激薬
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「精神刺激薬」というのは、いわゆる「覚醒剤」に類縁の医薬です。覚醒剤ほどではないものの覚醒作用があり、これを服用すると、気分を高揚させる作用があります。
精神刺激薬は、「ナルコレプシー」や「ADHD(注意欠陥多動障害)」「抑うつ神経症」「軽症うつ病」などに処方される薬です。現在、神経刺激薬として使われる医薬には、次のようなものがあります。
区分
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一般名
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商品名
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精神刺激薬
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メチルフェニデート |
リタリン |
塩酸ピプラドロール |
カロパン |
ベタナミン |
ペモリン |
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精神療法とは
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「精神療法」は、医師や臨床心理士などが患者とコミュニケートすることで、患者の心理を探り、精神疾患の原因と成っている真の理由を突き止め、治療にあたる方法です。
このような精神医学分野から治療にあたろうとするときは「精神療法」と呼ばれますが、心理的問題として解決しようとする立場を取るときには、「心理療法」とも呼ばれます。
精神療法や心理療法で、治療を行う者は「カウンセラー」「セラピスト」「治療者」などと呼ばれ、治療を受ける者は「クライアント」「患者」「来談者」などと呼ばれています。
精神療法には「標準型精神分析療法」や「力動型精神分析療法・簡易型精神分析療法」「認知療法」および「行動療法」などの方法があります。
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標準型精神分析療法
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標準型精神分析療法は、心理学で有名なフロイトにより考案された方法で、「自由連想法」とも呼ばれる方法です。
患者は、ベッドや寝椅子に横たわり、心に思い浮かぶことを自由に医師に伝達していきます。医師は患者に対して、たとえば次のようにお願いします。
・あなたの頭に浮かんだことをすべて話してください。
・たとえ不愉快な話でも
・取るに足らないように思えることでも
・いまの問題と関係ない、あるいは無意味と思うことでも、
・とにかく何でも話してください。
このようにして、患者が思いつくままに自由に話す想いや過去の記憶の片鱗から、夢や現実生活などの意味を解釈し、忘却の彼方にある過去を推定していくことで、無意識の中に潜んでいる抑圧されたメッセージを読み取ります。
自由連想法は、「転換性障害」「解離性障害」「恐怖症」などの治療には有効な方法ですが、「統合失調症(精神分裂病)」の治療には禁忌とされます。
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力動型精神分析療法・簡易型精神分析療法
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基本的な方法は、上記の標準型精神分析療法の場合と同じですが、治療時間や頻度を少なくした方法が「力動型精神分析療法・簡易型精神分析療法」です。一回あたりの治療時間は30分程度で週に1回程度のペースで行われます。
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認知療法
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認知療法では、感情や身体反応は外的な出来事により誘起されるわけではなく、そのような出来事をどう認識したかによって異なるとの立場をとります。心の病気の原因は、認知の偏りにあるととらえ、患者の考え方を修正することで症状の改善を図ろうとします。
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行動療法
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行動療法は心理療法のひとつで、人間の行動は経験により学習された結果に基づくという理論に基づき、患者の好ましくない行動の背景を詳細に分析して、問題とされる行動を減らし、望ましいとされる行動を増やすようにすることで症状を改善します。
具体的な方法の一例は「オペラント条件づけ技法」と呼ばれるもので、好ましい行動にはご褒美を与え、好ましくない行動には罰を与えることで、行動を修正しようとする方法です。
尚、最近では、前述の「認知療法」と「行動療法」とを組み合わせた「認知行動療法」が広く行われています。
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